ばこん、と一際派手な音と共に、自販機が宙を舞った。レンチで思い切り殴られたそれは、ぐにゃりとその大きな身体を
折り曲げて、飛び跳ねるようにそのまま無造作に地面へと叩きつけられた。また大きな音が街中に響いて、人の五感を支
配する。それは、今までに見たことのない光景だった。目の前の男は長ったらしい前髪の隙間から半分寝ぼけた様な瞳を
こちらに向けて、気だるそうに首をかしげている。

はじめて、見た。
俺以外の人間が、自販機を飛ばしている光景なんて。


きっと周りの連中だって、俺と同じことを思ったはずだ。呼吸すら忘れるほどの恐怖。本能が全身に命令する。
“こいつは、ヤバイ”。
突然に日常を飲み込んでしまった非日常に、その場にいるすべての人間が動揺し、その突然の来訪者を数百の視線が一斉
に取り囲む。男は、その様子をたっぷりと時間をかけてぐるりと無言で見渡して、ようやく長い沈黙を破るように、その
重たい口を開いた。




「ああ。悲しい、悲しい話をしよう」

「………………………………は?」


「見ず知らずの通行人に、唐突にこんな馬鹿でかいものを投げられてしまった。これはいったいどういうことだ?ついに
俺は街中さえも安全には歩けないようになってしまったというわけか?ああなんて悲しい話だ!ん?それともあれか?こ
の国ではこれがマナーというやつなのか?今流行の正しい挨拶の仕方か?しまった、そう考えたらなんだかわくわくして
きたぞ!挨拶程度でこれなら、それ以上の関係になってしまったら、一体どれだけのものを破壊するんだ!?やばいやば
い、やばいよ。本当にそうだったらどうしよう!とりあえず俺も何か壊すか!!壊すしかないよな!よし、そうとなれば、
やることは一つだ! おい、そこの兄ちゃん」

「あ?」

「残念なことに手ごろな物が見当たらないんでな。とりあえずあんたでいいか?やはり挨拶はちゃんとしてくれた本人に
返さなければ失礼に値するからな。それに、実のところこの巨体を片手で放り投げたあんた自身にも俺はちょっと興味が
あったりするわけだ。なあ?だって、どうみたって人間業じゃないだろう?人間業じゃない…となればなんだ?火星人か
?……ああああああああ!それはいいな、面白そうだ!人間じゃないほうが、壊しがいがあるものな!」

「てめえ、さっきから何言ってやがんだ…?」

ぺらぺらぺらぺらと、やけに饒舌なそいつの口調がいちいち俺の神経を逆なでする。
思わずキレそうになるのを必死で堪えながら、
そいつを見るとそいつは一層楽しそうな笑みを浮かべてレンチを弄んでいた。



「さあ、」

「楽しい話を、しようじゃないか」
11/09/20