「少しよろしいでしょうか」

突然に聞き覚えのない、上品な声に呼び止められて意識が止まった。投げやりに振り返ってみても、誰もいない。
空耳か、とたいして気にもせずまたそのまま歩き出そうとしたところでもう一度同じ声が、今度は下方から聞こえた。

「あの、」
「あ?」

声がした方に視線をずらせば、なんとも現実離れした格好の少女が愛らしくほほ笑んでいた。首元で整えられた銀色の髪
に、ふわりとした黒いドレス。それだけならまだどこかの偉い令嬢のような雰囲気であるけれど、背中にはなぜだかコウ
モリの羽をデフォルメしたようなものが付いている。 
しかも、外国人だ。

「あー…?」なんだこの子。なにかのイベントだろうか。
「す、すみません、この地図の場所をお尋ねしたいのですけれど、よろしいですか…?」

どう見ても外国人の少女であるが、その口から発せられているのは流暢な日本語だ。おどおどと妙に緊張した様子で差し
出された小さな紙には、なんだかごちゃごちゃした四角と線がたくさん書いてあって、そのなかの一つのところにだけ、
赤矢印がでかでかと描かれていた。随分と見にくい地図だ。この少女が迷ってしまうのも仕方がないのかもしれない。

「あー、たぶんあそこの角を右にまがったところだったと思うけど…」

わかりやすいようにすこし膝を折って少女と目線を合わせてから、行く方向を指をさして教えてやる。あれ?でもあのあ
たりはゲームセンターが立ち並ぶ通りで、こんな少女の用事がありそうなものはなかったはずだが。そんなことが妙に気
になったけれど考えたって意味はない。まあ何かの待ち合わせだろうとそこで適当に思考をぶちきった。道順を詳しく教
えてやると少女は、あああそこのとおりをまちがえたのですね…とか何やら頭を抱えて反省をしていた。その姿はその大
人びた格好に似合わず、年相応の少女のようで少し可笑しい。



「……それにしても」
「…?いかがいたしました?」
「よく俺に聞こうと思ったな…」

池袋の街中で、バーテン服はよく目立つ。それだけでなくなにかと俺がもめごとを起こしてしまうせいで、周囲には俺の
恰好を見るだけで怖がる人間だっているし、今だって俺の近くにか弱そうな少女がいることがそこはかとなく注目を集め
てしまっているというのに。

「ご、ご迷惑でしたかっ…!」
「いや、そういうことじゃなくてよ」
「周囲を見る限り、このなかで一番、お、お優しい方に見えましたから…」

服装も素敵ですし、と答えた少女の台詞ですこし呼吸が止まった。

「は?」
「……?…はっ、私としたことがなんて粗相を…年上の方に…すみませんっ」
「い、いや。そんなこと言われたことなかったからよ…、その、ありがとな」

なんだかこんな風に真正面からそんな風に言われることは経験上なかったことなので妙に恥ずかしい。手ですこし熱くな
った頬をおさえながら、礼を言うとふふ、と少女はほほ笑んだ。



「…やっぱり、素敵な方です、ね」

ふわり、と風が吹いて彼女の髪が舞い上がる。
すこし細められたその瞳はなんだか怪しげな色をたたえていて、その瞬間の彼女の微笑は、それまでの頬笑みとは似ても
似つかない様子だった。人間味がないというか、うまく説明はできないが、そんな感じなのだ。どこか、セルティと一緒
にいるときの感覚と似ている。あのなんともいえない感覚は、きっと体験したものでしかわからないだろうけれど。

「それじゃあ静雄さん、ありがとうございました」

おう、と返事をするのと同時にふわりと少女の体が人混みにかき消された。がやがやと変わらない池袋の喧騒に聴覚が麻
痺する。そして、消えてしまった彼女がいた場所をぼんやりと眺めながら、あれ俺の名前いつ教えたっけ、とかそんなこ
とを漠然と思った。





邂逅人外
11/09/24