ソファに座って仕事をしていると、不意に肩を掴まれて、半ば強引に唇を合わせられた。至近距離で一瞬だけ彼の赤い瞳
が見えたかと思うと、抵抗もできないうちにそのまま乱暴に押し倒された。なだれ込むように二人の体はソファに沈み込
み、ソファの緩んだスプリングの音だけが部屋の中に響いた。あまりの突然の行動にビンタの一つでもしてやろうかと思
ったけれど、残念ながら両手は一つにまとめられ頭の上で拘束されてしまったので、仕方なく無言のままで、自分の上に
跨る男を睨みつけた。部屋の電気は消えていたために臨也の表情は見えない。が、絶対に、笑っているに決まっている。
「…どういうつもりかしら」
冷たくそう言い放つと、予想通り ふ、と笑い声が降ってきた。
「もう少し面白い反応をするかと思ったのに」
つまらないなあ、と呟きながらも彼の声は心底おかしそうに笑っていてそれがまた癇に障る。
「やっぱり弟じゃないと興奮しないのかな」
「あたりまえよ」
間髪いれずにそう答えると、彼はその言葉は聞こえなかったかのように笑い、私を拘束する手を離し、そのままその自分
の手を私の腰へ回した。そうして自分の頭を私の肩口に摺り寄せ、ぴったりと抱き寄せる。力任せに抱きしめるせいで痛
い、そして重い。揺すっても叩いても臨也の体はびくともしない。ただ彼の規則正しい呼吸だけが耳元で聞こえ続けた。
ああ駄目だ、と小さくため息をついて、ぐるりと視線を動かすと、横の棚に置かれたデジタル時計が目に着いた。真っ暗
な部屋の中でその黄緑色の光だけは02:26と憂鬱そうに告げていた。まったくもってこんな深夜にこの男は一体何がした
いのだろう。いや、私に嫌がらせがしたいだけなのは十分に分かり切っているけれど。
「…邪魔なんだけど」
迷惑だわ、と辛辣に告げてもやっぱり彼は何の反応も示さなかった。じっと肩に頭を落として身動き一つしない。それで
もぎゅうぎゅうと抱きしめてくるせいで、私自身もその状態のまま動きがとれない。まったくもって忌々しい。何がした
いのだ、この雇い主は。
「(…ああ、もしこれが)」
誠二だったならどんなに良いだろう。あの愛おしい痩躯にこんな風に抱きしめられたなら。あの誠二の呼吸の一つ一つを
余すことなく耳元で堪能できたなら。そんなふうに、今は遠くに暮らしている弟のことを考えるだけで、こんな状況でも
心が晴れ渡る。ああいますぐにでもあの女を引きはがしてまた一緒に暮らしたい。はやくはやく誠二に会いたい。
「なに考えてるの」
そんな言葉と共にぐっと手首を掴まれて、また瞳を合わせられた。今度は唇が触れるか触れないかのぎりぎりのところで
ぴたりと止まって、無言のままその冷たい瞳と見つめあう。彼の瞳はどこか不満そうでなんだかいつもの臨也らしくなか
った。なんというか、へん、だ。
「…弟じゃなくて、」
お互いの上唇が触れる瞬間に、臨也が何かをつぶやいた。それはそのまま降りてきたキスに遮られてほとんど耳には届か
なかったけれど、あとになってから、じわりと体の内部から毒薬のようにしみ込んだ。
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